ブルノ市に住んでいた2007年10月から2009年7月末までに同市を散策した様子をお届けするブログです。
今後再度ブルノ市を訪れる機会があれば更新します。
チェコのニュースをお伝えするブログ「チェコ・タイムス(CZECH TIMES)」再開しました。

2009年4月27日月曜日

新市役所中庭

旧市役所のワニさんや車だけがブルノ市の名物じゃないよ。
新市役所も訪れてね。

新市役所の中庭には1年12ヶ月チェコ風物を象徴した像が飾ってある噴水が有るんだ。
その他壁画も綺麗だし。
兎に角見てね。

先ずは市役所正面の写真ね。
次は中庭の様子。オンパレードで見てね。

さて次は名物の噴水。

次は12ヶ月の風物詩。
1月
鉄砲もって猟をしているのかな?
2月
名にやってんのかな?
う~~~、ちょっと解らない。
3月
種まきやっているのかな?
4月
何か木の手入れしているようだね。
5月
女性とハトさんだね。
6月
女性がカゴ持ってお出かけ?
7月
いよいよ収穫かな?
8月
鎌もって汗拭いてるようだね。
左手は麦の束持ってるのかな?
9月
女性が収穫物もって、、、
売りに行くのかな?それとも、、、???
10月
間違いなくワイン生産の様子だね。
11月
服装は冬だね。
ノコギリもってお家の修理かな?
それとも暖房用の薪を刈りに行ってんのかな?
12月
クリスマス・ツリーを脇に抱えているね。

メンシーク・カフェ

毎日更新しているブログ”チェコ・タイムス”にも同じことかいているけど、日本のガイド・ブックではブルノ市観光は旧市庁舎、ペトロフ教会、メンデル博物館、カプチィン教会そしてヤコブ教会を紹介したらお終いって感じ、そうそうそれに加えてせいぜいシュピルベルグ城くらいなんだね。
でも実は新市庁舎も観光地なんだよね。

新市庁舎の直ぐ前には既に他界されているブルノ出身のチェコで有名なお笑いタレントのブラディミール・メンシークって人に因んだカフェがあるんだよね。

彼は1988年に他界されているからオイラがチェコに住み始めた時は既に天国に召された後だったんだけど、いまだにテレビでは彼が出演した映画やテレビ番組がしょっちゅう再放送されている。

この有名人の御子息が経営しているカフェがメンシーク・カフェ。
ここでは生前のメンシークの写真が壁に沢山展示してある。
御子息が経営しているだけあり、プライベートの写真もあるし生前のメンシークの話も聞ける。

メンシークはヘビー・スモーカーで中毒気味のアルコール好き。
晩年は喘息に悩まされ、晩年に出演したテレビ番組では咳ばかりしている。
では以下にメンシーク・カフェの模様をオンパレードでご覧ください。



YouTubeで見つけた、大晦日に放送された氏のコメディー。
Silvestrovský večírek

2009年4月19日日曜日

ユダヤ人門レリーフ

RELIÉF ŽIDOVDKÉ BRÁNY
チェコ国鉄ブルノ本駅を出て直ぐ正面に、ケンタッキー・フライドチキンが一階に入居している ビルがあります。
このビルはNáměstí Sbobodyスボボダ広場に通じる道として、ブルノ市を訪問した方は皆さんご存知の事と思います。
普段見落とし勝ちなこの建物、実は非常に重要な観光名所の一つなのです。

この建物の直ぐ横にŽIDOVDKÁ BRÁNAユダヤ人門という門が有りました。
その昔都市は要塞に囲まれ外的から市民を守っていたのです。

この門は1835年に交通の邪魔になると撤去されたそうです。
1328年に初めて文献に登場しますが、伝説によると1230年代に建立されたものだそうです。
そして1508年と1663年に建替えが有ったそうです。

この門の中に住めるのは、あくまでも市民ですから旧宗主国の人々で、農奴で有ったチェコ人は居住できませんでした。
またユダヤ人はゲットーに押し込まれていた時代も有り、市民居住地区入り口の門がユダヤ人門というのか不思議です。
いくつかの文献を調べてみましたが、いずれも何故ユダヤ人門と云う名前になったのかという理由には触れられていませんでした。

ブルノ市にお越しの際は、ユダヤ人門をご一見ください。




2009年4月12日日曜日

”Červený rak赤い蟹”

ブルノ市中心地スボボダ広場の直ぐ傍Masarykova通りと Jánská通りの角に中世の時代から昨年2月末まで続いた中央ヨーロッパで一番古い薬局があります。
この薬局は”Červený rak赤い蟹”と親しまれ市民の自慢でした。

報道によるとこの薬局が閉じた理由は
このお店の所有者が変わった事により近代的内装・備品に変え効率的営業をしたい新オーナーと、今まで使用されていた歴史的価値ある内装・備品を継承しながら店を守って欲しい行政当局との間での争いです。現在裁判所で係争中です。
店のオーナーもブルノ市も”赤い蟹”を掲げ薬局を継続することには同意しています。

二枚目の写真をご覧ください。
”赤い蟹”を囲むようにGB書いてあります。
これは薬局の看板に”赤い蟹”を掲げたGeorg Braun氏のイニシャルです。

またパッと見には解り辛いのですがイニシャルと赤いかにを囲むように1620と書いてあります。
これはBraun氏がこの薬局を購入した年です。
ですからこの薬局は確実に1620年から存在していたことになります。

ブルノ市の歴史書Brněnské maličkostiに因ると1365年創業以来オーナーは変遷しながらも薬局として営業されていたそうです。

ブルノ市訪問の際はこの歴史的薬局を是非訪れてください。






































2009年5月7日に”Červený rak赤い蟹”前を通ったところ、営業再開されていました。
(2009年5月15日追記)